夢の遊病入隠生活

遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に外ならない。この神の世界にかかるとき、人もともに遊ぶことができた。神とともにというよりも、神によりてというべきかも知れない。

白川静「遊字論」『文字逍遥』より

普段よりも多くの本を読み、多くの映画を観、多くの音楽を聴き、多くの友人に会い、多くのケーキを食べ、精神を逍遥しまくった入院生活であった。まわりの病人の方たちに申し訳ないと思っている自分が病人だという意識がまったく希薄なのである。

見舞い客がもたらす本や音楽や映画には、それぞれメッセージが込められており、それを読み解くのが病人の自覚だと感じたボクは、プレゼント主の意図などまったく関係なく過剰に差し入れ作品のメッセージを受信しまくっていた。入院という非日常なセッティングは作品にどっぷり浸るには絶好過ぎるのである。解読の深さが違う。そして誤読の深さも。

白川静は、入院を予期したボクが自分に差し入れた本で、シリアスさを遊ぶのが一番の道楽だと考える不謹慎なボクを喜ばす文章で始まる。入院とは入隠であり、神とは常に隠れたるものである。見舞客は「まれうど」であり、訪問の原義とは人を訪ね問うことではない。神を訪ね、神に問うことである。「見舞う」とは、神を楽しませるための舞楽である。白川静にかかるとすべてがこんな調子である。

1週間にのべ20人の「まれうど」がもたらす幸にどっぷり浸かり、点滴から供給されるステロイドが血液の中を駆け巡り落ち着いた高揚感をもたらす。ここは清潔な阿片窟か。

イルな生活は病み付きになるからあぶない。



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