みのるモロッコ 後編
太田越知明『きだみのる 自由になるためのメソッド』によると、『モロッコ紀行』はA5判で360ページを越す本で、冒頭には、きだ自身が撮影した約160点、64ページ分もの写真構成がついた、戦争中に刊行されたにしてはかなりぜいたくな本だったらしい。
まぎらわしいことに、きだみのる名義で『モロッコ』という本が岩波新書から出ていて、これは今でも読めるが、この本は『モロッコ紀行』の序文の三分の二、本文の前半二分の一を使った短縮版なのである。なぜ、そんなことになってしまったのか。
『きだみのる自選集』(第3巻)にも岩波新書版『モロッコ』は収録されている。
太田越氏が詳しく分析しているが(本の半分くらいが『モロッコ紀行』の話)、戦時中の時局的な要請もあり、植民地主義の肯定や天皇制賛美とも取れる内容が書いてあることから、戦後、きだ自身が封印したということらしい。
当のきだには戦意高揚の意図などなかったもんだから、戦後に戦時迎合的な危険思想とみなされたことに一番本人が驚いた。実は、彼が一番、封印したかった内容は、満州国においての税収確保のための阿片公許発言、という説あり。あー、最先端な情報をいろいろ持っているからって調子にのってあんなこと言わなければよかった、ときだは後悔しながら『モロッコ紀行』をセルフミックスしたとか。
『モロッコ紀行』自体がそもそもコラージュ的作品だったらしい。一冊には収まり切れないほどの多様な要素を詰め込み、検閲を突破するための時局的サービス文をちらつかせながら、発覚したら命取りになるようなきわどい記述を随所にちりばめられているという。これはぜひ読みたい。読めないといわれるとどうしても読みたくなるのが人間の性である。復刊リクエストしよう。
復刊リクエスト投票『モロッコ紀行』
http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=10986
モロッコでコラージュといれば、カット・アップ・メソッドを開発して、ウィリアム・バロウズに伝授したブライオン・ガイシンのことをつい連想してしまう。きだとタメを張るくらい魅力的な人物。
「ブライオンは触媒のように人々を結びつけ、非常に慇懃に友人を迎えました。一杯の紅茶しか提供できないような時でも、人はまるで王様のところにお茶に呼ばれたような印象を受けたのです」 と友人に語らせるほどの人間力と、「ブライオンは私にとって唯一敬愛を抱くに値する人間だった。りっぱだと思える人は他にも大勢いたし、尊重し、たいせつに思える人もいたが、敬愛できたのは彼だけだ」とバロウズに語らせてしまうほどの変態力を兼ね備えた男。
そんな彼が生まれながらのもてなし上手(ちなみにきだのモロッコでの人類学的興味は客礼について)で切り盛りしていた「千夜一夜」というレストランが気になっていた。一流のレストランがはやった快楽の町で、千夜一夜ファンタジーは成金顧客を獲得して大繁盛していたらしい。後にブライアン・ジョーンズが猛烈にハマることになるジャジューカの楽士たちの生演奏が目玉だったらしい。音源は残っていないものか。
そこで発掘したのがこれ。タンジールでわずかな期間だけ営業していたガイシン経営の伝説のクラブ「1001」での一夜を収録したカルトな二枚組。別世界へ誘うトランシーなジャジューカの演奏の1枚目と、自作を朗読するガイシンの声が流れるマジカル・ポエトリー・リーディングな2枚目。
「ONE NIGHT @ THE 1001」
ヤヴァン・ガーデニングに実ったモロッコインゲンの姿はもうない。半分は収穫できたが、半分は野蛮にもネズミに食べられた。バンクシー然り、平井玄『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』然り、地下を駆け巡る神出鬼没なネズミのイメージは確かにわれわれの味方だ。だが実際のネズミは倒すべき敵だった。残念ながら。
きだみのるもブライオン・ガイシンも実際に付き合いのある人間の一部からはそうとう嫌われていたらしい・・・
愛車ドブネズミ号で日本を旅するビートニクのようなきだみのる
- HarpoBucho
- By harpobucho / Aug 01, 2009 1:50 pm