向上心こわい
失職して二ヶ月経つとそろそろ焦ってくる。仕事を早く見つけなければやばいんじゃないかという危機感ではなく、むしろ失業保険給付のリミットが近づいてくるという恐怖感である。「労働こわい」を落語的に解釈するならば、それは「めちゃくちゃ労働したい」であるわけで、最終的に美味しい茶にありつくためには、大好物の饅頭を怖がるようなトリッキーな策略を練るしかないのである。
今のゆとりある生活をキープしつつバビロンとの交渉事をどうまくやっていくか。優雅にまったり暮らしたいのはやまやまだが、そのライフスタイルを守るためなら闘ってもいいかな、って思う。正義のためには闘えないけど自分の生活様式のためなら仕方ないけどやるしかない。ただ戦場は日常生活そのものであるから大怪我はしなさそうだけど、それはそれで大変だ。だから多くの人は企業に自分の欲望を委託してしまう。キャリアデザインというネオリベ学問を、闘争のための地図として逆さラスタ読みできないものか。
朝起きて空を見上げてから、その日の天気や気候、気分や体調に応じて一日のスケジュールを組み立てる生活をなによりも優雅に感じている。晴れの日に会いたい友もいれば、雨の日に会いたい友のいるのだ。大好きな場所だって行きたい気分じゃないときだってあるのだ。
毎朝、いったい自分は今何を一番したいのかという欲望を真剣に見極めるのは、なかなかの大仕事である。その大仕事の達成感に満足して、せっかく計画した予定がまったくこなせなくても、それを叱る上司もいない。ノルマを立てるのも自分、それを評価するのも自分。これが労働の自律か? 給料を出すのも自分である。ノルマをしっかり達成した日にはご馳走を自分に食べさせたくなるのか、自分が食べたくなるのかよくわからないがとりあえず利害が一致するので、おいしくいただいている。
ヤヴァン・ガーデニングをベランダではじめてからは上へ上へ伸びようとする植物の向上心に学ぶことが多い。何も職探しに消極的な失業者はただ怠けたいわけではない。何もしないほど苦痛なものはないもんだ。今よりも向上したいと常に願っている。
ベルナール・スティグレールの新刊『向上心について-人間の大きくなりたいという欲望-』はその意味で大変興味深かった。残念なのは中途半端に品のある装丁。もっとシャキっとお下劣ネオリベ装丁にして、人文書コーナーではなく、書店入口付近のビジネス自己啓発書の勝間和代コーナーの横におくべき本である。帯には「借金まみれの銀行強盗からポンピドゥーセンター文化開発ディレクターまで昇りつめたフランスの気鋭の哲学者が語る向上心維持術!」なんてどうでしょ? 新評論さん。冗談です。これでは「饅頭こわい」並みの詐欺ですね。
少しフォローしとくと新評論社の「小さな講演会」シリーズは、学者や芸術家、各界のプロフェッショナルズが、彼らの知識や情熱、問題意識をやさしく子供たちに語りかけるとても良質な本です。既刊のジャン=リュック・ナンシーによる『恋愛について』も読んでみたい。ナンシーが「狂おしいほど愛する」とはどういうことなのかを子供に語ってるってのが興味津々。オルタナティヴ自己啓発書という新ジャンルに期待!
- HarpoBucho
- By harpobucho / Jun 13, 2009 2:44 am