Contre Attaque
この炎のマークFlammable Signは、Massive Attackが1sアルバム「Blue Lines」のジャケットに流用して有名になったアイコン。可燃物取り扱い注意マークに自分達の名前を冠したジャケットは「この音の取り扱いは慎重に」という隠喩だろう。音楽評論家野田努によるとMassive Attackは、1991年シーンに登場したそのときから英国では政治的な存在として理解されたらしい。その憂鬱で踊れないダンスミュージックに社会性が潜むのは、逮捕歴のあるグラフィティ・ライターとUKカリビアンからなるMassive Attackには当然のことなのだ。「Blue Lines」を英国人は、サッチャリズムでダメージを受けたアンダークラスの音楽(HIPHOP、レゲエ、DUB、テクノ、NW、パンク)を拾い集めた 〈文化=政治〉として聴いたのだ。そう、「この音の取り扱いは慎重に」とは審美的なだけではなく政治的にも発せられていたのだ(余談だがブルーラインとは、国連の定めたイスラエル軍撤退ラインの意味もある)。
91年の湾岸戦争でグループ名をMassiveに短縮させられた彼等は、01年にはアフガン救援ライブ、03年イラク戦争では反戦デモ「The Stop the War」を主導した。そこでようやく日本の僕らもMassive Attackの政治性を理解したはずだ。彼等はアーチストという立場で、政治的に影響を与えることを躊躇しない。そして、ここ日本でも反戦サウンドデモがアーチスト/アクティビストによって行われたことは忘れてはいけない。
思い出してみれば、かつてそれは知識人の役割だった。このTシャツで「Massive Attack」の代わりに描かれた「Contre Attaque」とは、ファシズムの危険を誰よりも強く認識していたフランスの思想家、ジョルジュ・バタイユが1935年にアンドレ・ブルトンらと共にオーガナイズした、革命的知識人のための〈反撃〉という意味を持つパーティ。彼らは『Contre Attaque』という大量のフライヤーを撒き、アーチストのごとくストリートで反ファシズム運動を展開していった。
現在の「ネオリベ」は新たなファシズム管理下である。Massive Attackがサッチャリズムに抗したように、このContre Attaque〈反撃〉をブリストルな煙たさの中で着込み、政治性をさりげなくチラつかせながらフロアで踊る。そんな可能性に賭けてみるのはどうだろう?
ボディの色は発火しそうなフレンチレッド。もちろん、取り扱いは慎重に!