RLL67

Henry Miller

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LINER NOTES

「英米文学という奇妙なもの。トマス・ハーディー、ロレンスからローリーへ。ミラーからギンズバーグやケルアックへ。人びとは出発し、コードを混乱させ、流れを開放し、器官なき身体の砂漠を横断することを知っている。彼らは境界線を超え、壁をうがち、資本主義の柵を粉砕する。そして確かに彼らはプロセスの完成には失敗することがあり、失敗を続ける。」『アンチ・オイディプス』ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ

「ミラーの長編はダダ的であり、文章もそうである。ミラーの長編は、一行一行が強力な破壊力の砲弾である。」吉行淳之介

言葉を裸にすることなどできるのだろうか? 思ったことをありのままに、全て公表することほど、恐ろしいことは無い。気がつけば、人は、自らの言葉を編集し、検閲し、選択している。今この瞬間にも。それは意識的、無意識的にであり、型や制度、規制のコードへと言葉を殺ぎ落とし、加工し、階層や階級や性別に合った服を着せ、その振る舞いを監視する。人は、そして国家や社会は、一つ一つの言葉の手綱を決して離さない。手放したとたん、言葉は無限へと落ち込み、自分は際限なく解体してしまう。それが怖いのだ。だからこそ人は言葉を裸になどしない。乱れてしまった言葉。それは他人から見てみっともないものであり、見せてはいけないのだ。本当に堂々と言葉の裸体を人前に晒すことができる人間は少ない。そしてそれなりの、賞賛するに値する言葉の裸体を持った人間はずっとずっと少ない。裸で書くことではなく、裸に書くこと。言葉から衣装や制度、意識をはぎ取っていくことは、この社会を骨抜きにすることなのだ。だから人々は裸を恐れる。それを隠し、猥褻だと決めつけ、モザイクや修正で取り繕う。それも無駄だとわかると、今度は検閲し、排除し、刑務所や病院に収容される。裸の言葉は危険なのだ。

そんな危険な言葉をはき続けた希有な作家が、ヘンリー・ミラーである。

移民が集まった貧困区、ブルックリンで生まれ育ったミラーは電報会社や墓堀人夫、メッセンジャーや皿洗いなど様々な職業を遍歴し、同時に多くの女性との逢瀬も重ねていた。彼の性の遍歴はかなり年上の女性との同棲に始まり、ピアニストやダンサー、そして多くの娼婦たちと奔放な性体験が加わっていく。この他にも、女性アナキストのエマ・ゴールドマンや、過激な性の自伝で著名なフランク・ハリス、小説家のアナイス・ニンや写真家のブラッサイといったアーティスト達との出会いが彼に多大なインスピレーションを与えた。(ダダイストやシュールレアリスト達との直接的な交流はなかったがのちに彼は小説の中で彼らに触れ、エールを送っている)

私小説的短編「ディエップ=ニューヘイヴン経由」でミラーは、自作『北回帰線』の擁護をしている。それも、イギリスの入国管理官に対して。運悪く所持金も無く、保証人もいなかったミラーは港の入国審査で引っかかってしまい、その名前から「猥本」の作者と気がつかれてしまう。生と性を、奔放で猥雑な、しかし豪奢で綺羅びやかな言葉の綾で縫い上げた彼の代表作『北回帰線』は、不幸なことに猥本としてアメリカやイギリスで取り締まられていた。管理官は「気味の悪いくらい愛想の良い、それでいて皮肉たっぷりな声」で彼に言う。「まさか、ミラーさん、医学書まで書いているというつもりじゃないでしょうね?」と。「医学書ではありません」というミラーの弁解も空しく、彼の入国は拒否され、留置所に彼は入れられてしまう。その留置所の警官にも彼は話しかけ、『北回帰線』が猥本ではなく、その中に出てくるパリのキャフェや街頭、出会った人々の全てをどう苦労して書いたのか説明し、「あれは人間の本なのです」と言う。翌朝フランスへと強制送還される船の中で、極度の不安に襲われる。一種の罪人として送り返される自分は、フランスでも質問責めの果てに入国拒否され、アメリカへと追い立てられてしまうのではないか、と。

彼の主著である『北回帰線』や『南回帰線』はベルグソンの哲学に影響を受けた、編集されることのない赤裸な意識の持続的潮流であり、彼が彷徨ったアメリカやパリの、そして女性の、無数の人種や資本、無機質や有機質からなる詩的で宇宙的なイメージの奔流である。後に彼の小説はロレンスと共にビートニクの作家達に多大な影響を与え、冒頭に引用したようにドゥルーズ、ガタリや吉行淳之介にまでその衝撃は伝わっている。この二つの作品には『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』で語られる複数の概念がいくつも震えながら潜んでいて、「器官なき身体」や「n-1の性」、「生成変化」「捕獲装置」といったあのお馴染みの概念が不意に飛び出してきて当身を食らわし、逃げ去っていくのだ。

さて、今回RLLはそんな偉大な作家ミラーの『北回帰線』の初版のジャケットをTシャツに採り上げた。「ディエップ=ニューヘイヴン経由」のミラー自身による解説によれば、このタイトルは象徴的なもので、西洋占星術における黄道12宮の蟹座にも通じ、また、中国では蟹は前後左右自在に動き回るためきわめて重要な生物とされているのだ。最後に彼が言うには、この本の中には毛蟹の部分(註 女性器の比喩)もたくさんでてくる(笑)そうだ。
さあ、このシンボリックな蟹を身にまとい、ナチュラルカラーのTシャツを着て、どこへ旅立とうか?



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