Wearable Ideas RLL

RLL30

Antonin Artaud

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  • By intellipunk / Nov 09, 2006 11:15 am

デヴィッド・グレーバーとか

「アナーキズムとアートの現在」

■日時: 2006年 11月6日(月) 17:00〜21:00
■会場:明治学院大学白金校舎アートホール
■主催:明治学院大学文学部芸術学科、『VOL』
 文化人類学者であり、Direct Action Network、People’s Global Actionの活動家であるデヴィッド・グレーバーの来日と著書『アナーキスト人類学のための断章』の出版、および『ニューヨーク烈伝』が近日刊行される翻訳者・批評家の高祖岩三郎の来日を記念して、『VOL』の編集委員である『自由論』の酒井隆史、『国家とはなにか』の萱野稔人、『無産大衆神髄』の矢部史郎、そして美術、建築誌などで活躍する小田マサノリを迎えたシンポジウムを行います。シアトル、ジェノバ以降のアナーキズム理論=運動の最前線を通して、アートによる世界変革の可能性から、都市空間の再構築に至るまで、幅広く論じていく予定です。
■タイム・スケジュール
17:00 挨拶
17:10 高祖岩三郎(翻訳家・批評家)/小田マサノリ(文化人類学・文芸評論、中央大学)/矢部史郎(活動家)/萱野稔人(政治哲学、東京大学)/酒井隆史(社会思想、大阪府立大学)
18:45 デヴィッド・グレーバー (文化人類学、イエール大学)
19:45 全体討議
司会  平沢剛(映画研究、明治学院大学)
世話人 門間貴志(映画史、明治学院大学)
一般公開・入場無料 同時通訳あり
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[VOL]チーム+イルコモンズさんってことで、ある意味では、日本の若手の先鋭的な理論を集めた感じで、これ(http://www.tbsradio.jp/life/personality.html#charlie)とは真逆な感じがいい。パンクがあるかないかという意味で当然僕は前者にシンパシーを持つんだが。




昨日一昨日とデヴィッド・グレーバーの来日イベントに参加してきた。
RLLは彼に日本で一番有名なアナーキストのヒップスター「大杉栄」のTシャツを贈与した。これがRLLの純粋贈与。彼がRLLを着て海外で活動することを思うと愉快でたまらない。高祖岩三郎さんにも「T.A.Z.」も買ってもらって、おまけに「T.A.Z.」の著者ハキム・ベイにもプレゼントしてくれるという。RLLの与り知らぬ所でTシャツがメッセージを送ってゆく、ボイジャーの様に。

デヴィッド・グレーバーの話は非常に面白かったし、話題は多岐に渡った。基本的にはネグリ=ハートの議論と齟齬ないまま、現場(アクティビズム/ フィールドワーク)からの理論の紡ぎ方を重視する姿勢が特徴か。ネグリ=ハートの〈帝国〉や柄谷「世界共和国」やモース贈与論やアルチュセールAIE概念を思わせるレイヤー状の思考を通過し、アクティビズムのスーザン・ジョージやナオミ・クラインと同様の視線から発せられる言葉に、新しさはないがすんなり入ってくる解りやすさがあった。世界を思考しかつ具体的な現場の経験をしてきた人の独特の回答があって面白い。たとえばそれは「低理論(ロウ・セオリー)」という概念に結実している。これの説明はちょっと誤解があってはいけないので簡単には書かない。これから出る『図書新聞』で矢部史郎さんとグレーバーさんとの対談があり、その部分が存分に語られたらしいので、チェック!思想家件活動家の日米代表の邂逅には期待が持てる。でもちょっとだけいうなら。[VOL]の中にも「低理論」と「高理論」の綱引きがあり、これは現場とアカデミズムの古くて新しい問題なのだとも思うのだ。であるから、今日のシンポジウムの萱野稔人さんの哲学博士からの応答を知りたかったのだ。僕は実際はねっかえりだけれど「高理論」への憧憬と尊敬があるんだな。
とにかくデヴィッド・グレーバーの『アナーキスト人類学のための断章』(以文社)は今のタイミングは必読だと思うのだ。なし崩しに煽動された右傾ポピュリズムにデリダ(?)経由のアカデミズム理論が歯が立たない状況で、アナーキズムという倫理で僕らはいかに歩いていけるのかとね。

グレーバーはこの後メヒコ(メキシコ)に飛ぶらしい。亡くなったインディメディアの知人の意志を継ぎつつ、11/20のEZLNらの呼びかけ(?)で世界中が一斉に抗議を予定している統一アクションに向かうようだ。

マイミクの友人に教えてもらったけれどメヒコでは、7月2日に行われた大統領選の不正疑惑をめぐる一連の運動も大規模にあった。中南米の民衆運動の盛り上がりの中で、アメリカは威信をかけてメヒコ親米政権をサポートする。グレーバーは言ってたね、アメリカはNAFTA (北米自由貿易協定)を作ってグローバリズムを勧めようとしながらメキシコ国境に壁を作る矛盾がある。グレーバーはグローバリズムで世界中の民衆レベルが繋がることに希望を持っている、楽観的で明るい彼のキャラクターは信頼に足る。


不謹慎だが僕はこの時代が面白くてしようがない。象徴として1999シアトルから2001.9.11NYそして戦争と反戦の時代。どのくらい世界の悲しみは増えているのだろうか。しかし国家レベルだけじゃなく群衆レベルで世界を知覚し繋がってきたことの喜びも増えた気がする。そうなんだ68年特権化より、今を楽しめ!



追記☆
ゆっくすさんのMixi日記でシンポジウムの大変几帳面にレポートがあげられています、必読!


  • Intellipunk
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  • By intellipunk / Nov 06, 2006 6:20 pm

渋谷で忍者を目撃!

エイドリアン・シャーウッド&リー・ペリーのダブレッスンのことも書きたいし、アナーキスト人類学者のデヴィッド・グレーバーとRLLの交流のことも書きたいけど、それ以上にインパクトのある出来事に遭遇したので、そのことを感動が薄れないうちに書いておこう。

渋谷で忍者を見たのだ。あの動きは只者ではない。

真昼間から『日本の夜 女・女・女物語』というモンドドキュメンタリー映画を観る為に、渋谷に行った。ボクは渋谷駅東口の階段を下りていた。下からは今時のスカート短めの女子高生が昇ってくる。彼女が忍者だったのではない。その後ろにピッタリと存在を消して付いてきていたおっさんが忍者だったのだ。見た目は50代くらいのややしょぼくれたフツーのおっさんである。

そのおっさん、視界から一瞬姿が消えたかと思ったら、完全に身体を屈め、顔をスカートの中に潜り込ませそうな勢いで覗き込んでいるのだ!そして任務を遂行した後、猛ダッシュで階段を駆け昇り、駅の雑踏の中に消えていった。

時間にして3秒くらいの出来事。その女子高生はまったく覗かれたことに気づいていない。目撃者はボクとボクの後ろを歩いていた女子二人組みくらいだろう。

ボクとその女子二人組みはお互い顔を見合して、この驚くべき行動について感動を共有した。確かに軽いとはいえ、性犯罪は憎むべき行為である。だが、ボクらはその完璧な職人技に感動してしまったのだ。いや職人技ではない、やっぱりあれは忍術に近い。

そんなリスクを冒してまでも女子高生のパンティが見たいのか、という途方もない呆れと、その動作の俊敏性への単純な驚愕と、なんか、いま貴重な瞬間の目撃者になれた、という喜びが交じり合い奇妙な高揚感の中でボクは『日本の夜 女・女・女物語』を観たのだった。


  • HarpoBucho
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  • By harpobucho / Nov 06, 2006 4:29 am

無駄に長いinfo

いつも文化を中心にリアル・ポリティクスをあえて避ける形で書くことをしているけれど、「政治」=「文化」=「社会」であることは避けられない中で思考の連関に引っかかる、ある事象を取り上げつつつらつらと。

リアル・ポリティクス(マヂ問題)を軽視しようとは考えていないが、生活に真っ直ぐ降りてこない大文字の政治行動を迂回して、如何に実存を私小説として世界から疎外されずに直視出来るか、というスタイルを模索するのだ。つまり自分にどう関係を付けて世界と接続出来るか、という問題。世界から閉じて会社生活出来ることも知っているし、逆に必然皆無のお節介な正義を振り回す(オールド左翼からVIPERまで)愚かさも知っている。だからこそ縁を大切にしながら世界に開かれた生き方が、文化(を中心にした生き方)だと考えるわけだ。平岡正明は曰く「文化の戦いってのは男が命を懸けてやるもんなんだよ」(『平岡正明のDJ寄席』ハーポ部長仕事)である。


10/30付 EZLNからのメッセージ
インディメディアのジャーナリスト、射殺さる

新宿のかっちょいいアナルコ・パンクのショップIRA(イレギュラー・リズム・アサイラム)のブログの記事から。
ここでメキシコ南部の民主主義的社会運動の弾圧の件を知る。行動が始まって半年も経っていることも知らなかったし、インディメディアのジャーナリストの訃報がなければ興味を持たなかった可能性だってある。

無論、全ての民主主義的社会運動を知る必要性はない。EU以外の世界の統治側は、本質的に民主主義など欲していないし、EUだって統治権力を民衆が自発的に押さえ込んで自治する意識がある薄氷なだけだ。民主主義は選挙以外にも常に行使し続けなければすぐに腐敗する。全ての民主主義的社会運動は常に全世界的に、行使されまた押し返される一進一退の中にある。世界は太平天国ではない、だから民衆の弾圧は常に存在し抵抗も続いている。無理に自らに引き寄せるべき運動もないし、また目をつぶり知らんぷりをきめ拒否をする理由もどこにもない。自分の人生を重ね合わせ、そこに縁を感じれば飛び込んで行くといい。

インディメディア(日本版)とは、草の根系独立メディアの集合組織。1999年のWTOシアトル会議抗議行動の中で模索され、協同的な作業の中で出来た全世界的な民主主義的社会運動の為のフォーマット。これに代表されるグローバリズム時代の新しいスタイルが現在の状況から様々に生まれている。これへの経緯は以文社から出た Vol.01のアナーキスト文化人類学者デヴィッド・グレーバーのインタビューで少し書かれている。60年代からの新左翼の男性中心的集権主義からのアンチとして、70年代後半からフェミ等の小さな平等主義的集団が生まれたが、拡大するにつれ組織問題で行詰まる。そこからクエーカー教徒の「直接民主主義的な合意形成の過程」を取り入れながら、各種の組織論方法論戦術を編み出しつつネットワーク状の関係を作り出してきたのだ。「一万人もの人間が一同に会して、何の指導的構造もなく、難しい状況において何をすべきか集団的な決定をくだせる— —これはそれまで誰も想像さえしなかったことでした。」これは冷戦崩壊後のネット社会になっていっきに可視化された、グローバリズム権力である〈帝国〉と対になる「マルチチュード」を思わせるが、デヴィッド・グレーバーはそれを新しい主体とはみなしていない様だ。あまり僕らは鎖国状態で、世界は見渡せないところで未来を模索している。


で、このメキシコ南部の運動の件をネットで探すとソースが全て海外メディアの日本版か海外の記事の翻訳しかなく、日本のメディアでは取り扱われていないということに気が付く。ネット環境以前は情報鎖国だったのは知っていたが、未だにヤフーニュースなんかを見ていても伝わらないことが沢山あるんだろう。メディアリテラシーだけではどうにもならない、圧倒的な情報管制状態だってことなんだ。
4つ引用、上2つはAP通信の情報、下2つはラテンアメリカのニュースの翻訳ブログ。
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http://www.usfl.com/Daily/News/06/10/1030_004.asp?id=51148
「外国人記者ら3人死亡 メキシコ南部で争議取材中」
USFL.COM 更新2006年10月30日 13:05米国東部時間
 賃上げをめぐる教職員組合と州政府との激しい対立が続くメキシコ南部オアハカ市で27日、抗議の座り込みを続ける教職員らと武装集団との間で銃撃戦が起き、取材中の米国人記者を含む3人が死亡した。
 事件を受け、フォックス大統領は28日、混乱収拾のため同市へ軍を派遣すると発表した。
 現地報道などによると、死亡したのは独立系インターネット・メディアの記者、ブラッド・ウィルさん(36)とメキシコ人の教師ら2人。AP通信によると、駐メキシコ米大使は地元警察官らが銃撃にかかわった可能性を示唆した。
 教職員らは26日、投票で約5カ月間続いたストの中止を決めたばかりで、混乱収拾の期待が高まっていた。(共同)

http://www.cnn.co.jp/world/CNN200610300021.html
「メキシコ南部のデモ激化、警官隊が出動」
CNN Japan2006.10.30Web posted at: 17:27 JST- AP
 メキシコ南部オアハカ(AP) 今年5月に始まった教員のストをきっかけに、州政府への抗議行動が続いている当地で、米国人が銃殺された事件をきっかけにデモが激化し、29日には連邦警察が出動、デモ隊と衝突した。
 武装した警官隊はヘリや装甲車の支援を受けて市内に展開。デモ隊が占拠していた中央広場を、同日夜までに奪回した。デモ隊の指導者らは「非暴力」を訴えているが、一部参加者は投石などで応戦。人道団体などによると、15歳の少年が戦闘に巻き込まれて死亡した。デモ隊側によると、警官隊は50人を逮捕し、家宅捜索を実施した。
 オアハカはメキシコ有数の観光地として知られていたが、過去5カ月にわたり、学生や無政府主義者らが中央広場を占拠。市内の道路を封鎖して抗議行動を続け、州知事の辞任などを求めていた。
 フォックス大統領は交渉による事態収拾を呼び掛けてきたが、同市内で先週、米国人ジャーナリストが、地元当局者らに撃たれて死亡したとされる事件が発生。デモ隊が地元治安部隊と衝突する事態に発展したため、連邦警察の投入を決めた。

http://andino.blog26.fc2.com/blog-entry-5223.ht
「オアハカ、再燃」
Boston.comの記事 2006/10/29(日) 08:04:17
 メキシコ、オアハカで再び衝突が発生し、外国人記者を含む3人が死亡した。
 オアハカ州知事の辞職を求める抗議活動は5ヶ月間続いている。今週には、抗議に参加している教師らが一時ストライキ中止を画策したが、結局続行。そして28日、再び大きな衝突が発生した。
 銃による交戦により死亡した1人は、米国の36歳の男性だった。この男性はフリーランスで米国のメディアサイトなどに記事を送っていた。この日、オアハカで取材中、流れ弾が腹部に当たり、収容された赤十字病院で死亡が確認された。
 銃撃戦は武装したグループが、抗議者らの封鎖ブロックを退けようとした際に発生。警察によると、どちらの側から先に銃が向けられたかは分からないという。またこの武装グループがゲリラなのか、または警察であることを当局が隠しているのかは不明だ。
 この事態の中、12月1日に任期を満了するフォックス大統領が決断した。事態収拾のため、メキシコ軍を派遣することだ。教師らのリーダーによると、すでに4000人の警官がオアハカに派遣されているという。
 抗議者の一人は語る。 “ウリセス・ルイス(州知事)は、人々を抹殺しようとしている” こう着状態が続いていたこの町の背負う不信感は、根深い。

http://andino.blog26.fc2.com/blog-entry-5250.html
「力によるオアハカ」
Boston.comの記事 2006/10/31(火) 06:53:05
 メキシコ、オアハカ中心部の抗議活動は、力により排除された。
 この5ヶ月、オアハカ中心部は戦場と化している。オアハカ州知事の辞任を求めた抗議活動が続けられ、市内中心部は占拠されたままだった。警察らとの間には断続的に衝突が発生。この抗議グループ排除のため、メキシコ連邦軍が出動したのだ。
 警察が中心部の広場「ソカロ」を制圧。抗議グループらは火炎瓶を投げ、車を燃やすなどの抵抗を試みたが、すべて排除された。
中心部にはメキシコ軍の車両が入り、放水などでバリケードを破壊。29日には抗議者1人が死亡している。
 30日からメキシコでは子供たちが学校に還ってくる。オアハカで抗議活動の主体をなしていたのは教員らだった。先週、教員らはストライキ終結を示唆していたが、中心部占拠が依然として続いていたのだ。
 教師らのリーダーは、「それでもあきらめない」とのコメントを出した。ルイス州知事の辞任に向け、これからも活動を展開していくという。
 人口27万人のオアハカは、コロニアル時代からの街の面影を残す観光地だ。しかし長引いた抗議活動により、市民生活は疲弊。観光客の足も遠のき、ホテルやレストランなども休止を余儀なくされている。
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やはり記事はインディメディアや抗議行動に基本的に好意的ではない。商業ジャーナリストの独立系メディアに対するスタンスの問題もあるだろう。しかし隣国メヒコ(メキシコ)の民主化運動は、米国の国益つまりグリンゴ(ヤンキー)植民地主義が沿わない、ということが当然あるのだろうね。アメリカ民間植民地状態から脱却する中南米の左傾化の中で、メヒコの反動親米政権を後押しする国益前提の方針の中では、中立を装う風でもメディアは真っ白(グリンゴ)に脱色されている。

警察当局に殺されたアメリカ人インディメディアの記者はデヴィッド・グレーバーの知人だったそうだ。
その彼のシンポジウムが今週末ある。


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「NEW ANARCHISTS COLLABORATION デヴィッド・グレーバー来日交流会」

■日時:2006年11月4日(土) 16:00〜
■会場:アナーキズム文献センター仮作業場 東京都新宿区若葉1-9-16
■会費:¥500
■問い合わせ:IRREGULAR RHYTHM ASYLUM

「新たなるアナーキズムの地平 デヴィッド・グレーバー×高祖岩三郎」
■2006年11月5日(日)15:00〜17:00(14:30開場)
■会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
■入場料:¥500(税込)
■電話予約&お問い合わせ電話:03−5485−5511
デヴィッド・グレーバーの『アナーキスト人類学のための断章』の出版、および彼の来日を記念して、翻訳者であり、自身も近日初の単行本『ニューヨーク烈伝』(青土社)を発表する高祖岩三郎とによるトークショー。近年、ニューヨークで興隆するアナーキズム理論=運動の最前線を通して、世界変革の可能性から、われわれの生活空間の再構築に至るまで、さまざまな術(アート)を探るための対話。——恐れる必要はない、変革はゆっくりと、だが着実に進んでいる——

「アナーキズムとアートの現在」
■日時: 2006年 11月6日(月) 17:00〜21:00
■会場:明治学院大学白金校舎アートホール
■主催:明治学院大学文学部芸術学科、『VOL』
 文化人類学者であり、Direct Action Network、People’s Global Actionの活動家であるデヴィッド・グレーバーの来日と著書『アナーキスト人類学のための断章』の出版、および『ニューヨーク烈伝』が近日刊行される翻訳者・批評家の高祖岩三郎の来日を記念して、『VOL』の編集委員である『自由論』の酒井隆史、『国家とはなにか』の萱野稔人、『無産大衆神髄』の矢部史郎、そして美術、建築誌などで活躍する小田マサノリを迎えたシンポジウムを行います。シアトル、ジェノバ以降のアナーキズム理論=運動の最前線を通して、アートによる世界変革の可能性から、都市空間の再構築に至るまで、幅広く論じていく予定です。
■タイム・スケジュール
17:00 挨拶
17:10 高祖岩三郎(翻訳家・批評家)/小田マサノリ(文化人類学・文芸評論、中央大学)/矢部史郎(活動家)/萱野稔人(政治哲学、東京大学)/酒井隆史(社会思想、大阪府立大学)
18:45 デヴィッド・グレーバー (文化人類学、イエール大学)
19:45 全体討議
司会  平沢剛(映画研究、明治学院大学)
世話人 門間貴志(映画史、明治学院大学)
一般公開・入場無料 同時通訳あり
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デヴィッド・グレーバーの言葉「われわれはあくまでも他人への「関与責任(commitment)」から出発せねばならない」「人は世の過ちに対して本能的(visceral)に反応し、そこから他の可能性について思考します。それが「発端的関与性(initial commitment)」であり、その後それに対して実践的な行動を積み重ねていきます」「もし方法と目的が一致する状態を望むなら、人はます色とりどりの多様性と差異が尊重される環境を整えなければなりません。アナーキストの実践倫理はそれを強調します」。これはアナーキズム実践の倫理的言説傾向についての語だが、そこに自分と世界との距離感の測り方を倫理としてはっきりと線引き出来る「全く開かれていて(open’ended)複数的(multiple)かつ想像的(imaginary)な弁証法を持つことが可能」とする希望が提示されている。多くの運動探しの運動やごめんなさいスタディーズが迷い込んだ迷路から自由な理論。僕が大文字の政治を語らず、ずっとテーゼ「作家主義」と「一期一会」を挙げ世界実践の活動することを、彼は多元的弁証法として理論化している様に思えた。

ここで平岡正明の目線にもう一度戻ろう。御大平岡が落語やジャズや新内や美空ひばりや座頭市や犯罪や水滸伝や大道芸を、革命に読み解くやり方は一般性を持たず、多くのデヴィッド・グレーバーで云うところの「通訳不能性(incommensurability)」がある。そこには平岡の特権的な経験に裏打ちされた「政治的存在論」があるのだ。一般性理論に引き下ろせない「低理論」を強調し、そこから導く民衆の声(つまり正義)を安易な感情移入した「代理表象」をさせずに「文化」から作家論として読み解く。「文化」の読みと実践とは、アカデミズムの理論からは疎まがられまた、運動の現場からも直接的でない弱さを持つ。しかしそこにしかない政治的実践がするのではないか。「文化の戦いってのは男が命懸けてやるもんなんだよ。それに値するんだよ。殊にな、冗談には体張らなくちゃ駄目だ。知性は、その低次の段階において二枚目である。高次の段階において三枚目である。最高次の段階において無頼である(『平岡正明のDJ寄席』)」これを自意識の正義→エンターテイメント→作家主義と読みとこう。
安易に可哀想な人の為の代弁をし実存を満足させてはいけない、不正の揚げ足をとることを正義としてはいけない。常に関係の中の主体が前衛として世界の認識の更新を進める作家主義とする。


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  • By intellipunk / Nov 02, 2006 12:44 am

だらだらと目線確認

いやホント世間(NOT世界)のことを語るのには天下国家(NOT天下太平)を吟ずるのには、ある種のリスクと慎重さ生真面目さが伴いますね。んまぁその味も悪くないんだけれど、今夜はもっと乱痴気に言葉を放り出したい。毎週やってるネットラジオ(言いっぱなし)に慣れきった怠惰か、それとも70年代前半の油の乗切った平岡正明の文章を感冒したか。

んなんで、コミュの書き込みもそこそこに、自分のことでもだらだらと。

RLLはスキャニング・マフィアを名乗っているが、これはMARK STEWART/MAFFIAからのインスピレーションだったのだけど、どこかしら偽札作り100円裁判赤瀬川原平のイメージ—つまり前衛芸術の政治性とユーモア—もあり、80年代のクローネンバーグの「スキャナーズ」なディストピアのサイコ(ケデリック)とエンターテイメント馬鹿ハリウッドVHS文化のケバケバしいお菓子さ(マンチー)可笑しさ(イルドーザーの輸入文化の消化もこの方向から)もあって、この多義性が気に入っている。
贋札(価格)ならぬ贋価値作りがその本望なわけですが、そりゃ価格≠価値ってことで労働価値説を僕らは信望するべきなのだろうか、でもあるいはしかしRLLは盤おこしのブートの12インチ連作してるってことでパレート効率性なんて奇跡を信じない奴を信じない、「皿は時を越えるbyTBH」わけだから文化の欲動をゲーム理論は関数化出来ない故にこちらも関知しない、ってことでいいだろうな。つまり全てはカルチャーの問題だ。資本主義経済と文化(心の交換価値)は常に相克する、つまりやつらはダサい(価値は何でつけようか?)ってことだ。経済は歴史を紡ぎ出せない、時代は心(文化)の移り変わりだからね。何故その色に移り変わるかは、効率ではない呪われた部分だからね。
スキャニング・マフィアって造語はそのそのままカルチャー・ジャミングのこと意でもあるのだけれど、それから連想されるアドバスターズ(もちろんこの名も80年代馬鹿ハリウッドVHS文化のアプロプリエート)から逸脱する領域をもカバーするRLLの自己ジャンルとしての自律性もいい。アドバスターズの笑いがjackass的な直裁さに似て照れくさいので、アドバスターズへの憧れを通過せずに、日本の洋楽文化や服飾文化や出版文化(つまり欧米文化輸入から始まる憧憬と喜びの文化)を通過した遜ったところから何かを始めたい、と思ったことも、スキャニング・マフィアには痕跡がある。20年代アヴァンギャルド芸術や50年代映画60年代ジャズ/アート70年代ロック/サイケ/パンク80年代ユースカルチャー/モードってのを日本の尖ったお洒落さん達がその時々で洋行帰り輸入剽窃偏愛してきたことへの最大の敬意。かつその語の平面性がTシャツというカンバスを象徴しているしね。つまんない反対運動なんかじゃなく、世界(観)の文化に最大の興味関心を持つ(つまり感情の保守主義ではなく感情の極左冒険趣味)ことから何かを。文化には何かあるんだ奇跡が。
で、文化への義理人情をもって翻訳は街のカルスタって気取るわけだけど、僕は義理つまり道理の正しさdutyを前提とするが、ハーポ部長は人の情つまり自然な情感feelingsを興味本意で探り当てるlike ブルースリー。∞+∞=∞は快楽からアプローチするからカルスタじゃないんだけれね。DJとは音楽の快楽点の差異を時間的にグラデーションさせて絵を描く行為、だとするとこの3人の義理人情快楽が織り成すB2BのDJグループのグルーヴは、文化の差異から喜びの導火線を探り目利き掘り起こす。
目線が伝わっただろうか?

UNDO-BU
REVOLUTION-POP STUDIES
CULTURE JAMMING POSSE
PRO-SITUATIONIST
SCANNING MAFIA
BIO-POLITICS CHANOYU SQUAD
CHUO-LINE MULTITUDE
“CULTURE-POLITICS”UNIT
“WEARABLE IDEA” TEE-SHIRT MAKER!
これらはHPのトップを飾る予定のRLLの自己申告、パーティー内容。いずれも概念を含み誤解を催しながら流通していく多義語なんだな。


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  • By intellipunk / Oct 25, 2006 4:30 am

Sucker

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えーと、エアロゾルアート(含ステンシル)に何か輝きを感じている、グラフィックデザイナー(広告もやる)として、職業倫理の問題として憤怒した。上記フォトはチューリッヒ自動車保険のビルボードとして、昨夜観たモノと同じ。この写真の上にコピーとして、あなたの車に落書きがあったら云々と不安を煽っているシットな文字が載っていた、以外は同じ。

まず、自らの商品の訴求として、グラフィティを社会不安と断定した上で利用し、さも自動車保険に今すぐ入らないと明日の朝はやられている、と煽動する商業主義のあさましさに反吐が出る。てめえの売り物の儲けのために、社会悪としてグラフィティを挙げつらねるってのは、やりすぎじゃねぇの? 丁寧に壁からはみ出て車にまで描かれた、広告主にとって最良のご都合主義な具体例(どっかの知恵のない三流のデザか美学生に金を掴ませて描かせたのだろ)を、自家用車保有者に恐怖する様に見せつけやがって。広告用に嘘を作り込んだ欺瞞、アートディレクターもクリエイティブディレクターも明日から廃業しろゲス野郎! 上司に言われるままに仕上げたデザイナー、それ最高!採用!とかぬかしたクライアント・代理店も同罪だ、今月中に仕事辞めろ屑。
だいたい、壁から車へ繋がってキャラやピースを描くことなんてあるのか? ライターにとって車邪魔だろ、描くならよその壁行くだろ。わざわざピースの一部が移動することのメリットないだろ、そんなグラフ描くスタイルなんてあるのか? 車の所有者に恨みあるんなら描かないでボコるだろうし、車に描く専門がいるんならこんないい加減な描き方しねぇYO!
どうやら、グラフィティを「いたずら」と勘違いしてんじゃねぇの、ってことじゃない様だな。「落書き」ってヘッドコピーで入れていて、これは確信犯だと分かっているよ。大抵は自動車狙いはボディに傷を付ける様な「いたずら」であって、車にわざわざ「落書き」をする酔狂はごく稀だ。そして自動車保険の契約では、「いたずら」と「落書き」は峻別される、ちょっと調べたらすぐに分かったわ。被害ケースによくある車への「いたずら」は、「落書き」に比べリスクが多い分、旨味が少ない(支払い拒否のところもある)。そこで「落書き」への不安を大きくすれば、心配性の自動車オーナーから保険屋は儲けられるわけだ。「落書き」を街中に増えつつあるグラフィティからの車被害と虚偽申告すれば契約万事OKですか、あんたら。臭い金儲けの為に、あるはず無いグラフィティへの罪をでっち上げて、最悪だな。
それとも実被害がグラフィティであった例があるのい? そのライターは車専門で、手当たり次第やったのか? この写真のままの被害なのか? そして今、車への被害は増えているのか? ちがうだろ。全くの自律したルールのないグラフィティという怪物を仕立て上げて、ありもしない不安をアジってるんじゃないよ。(そうそう、「ありもしない不安をアジ」は不安な安っぽい弱い人間的な感情で、それは2ちゃんでもよく見かけるし、少し前の東京の地震があったときは朝鮮人が日本人に拉致られてリンチで殺された。これはこれで、とっても根の深い欠陥だ。けれど今回は金の為にデマるってこと、心根の卑しい下劣なことだ。)
これが、実際のドキュメンタリーな写真だったら何も言えない。しかしお前らは嘘を付いてグラフィティをただの破壊者にして金儲けしようとしている。無闇にスクラッチしたりヴァンダリズム(公共物破壊)を前提に活動してるライターもいるだろう。けれど基本的には、グラフィティは私有物ではなく公共物へアプローチするものだ。私物である自家用車へは、よっぽど変わったライターの私憤か因縁か、もしくはロケーション的にやってもいいだろと心くすぐる特別な物件じゃない限りない。ありもしない愉快犯的な車を狙う怪物を創作するんじゃない。それとも車へ急襲するスタイルが流行して欲しいのかな?
その嘘広告が「ビルボード」だってのが皮肉。金で壁を買って、いかさまグラフィティ飾るならOKなのかい。そうした金権への内在的批判がグラフィティをイリーガルへとかきたてているんだぜ。


  • Intellipunk
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  • By intellipunk / Oct 19, 2006 4:14 pm

噂のIKEAに行って来た!!

http://www.ikea.com/ms/ja_JP/local_home/funabashi.html


 今日は北欧からやってきたオサレでイケてる「無印良品」その名も「IKEA@船橋」に行って来ました。いやあ、もう、スゴイっす。ヤられました。ヤバすぎです。まず、デカい。広い。商品の種類も量多すぎ。多分人生で一番「商品」漬けになった今日。そして消費者漬けにも。人大杉。物大杉。最後の方なんて歩いていてクラクラ眩暈と息切れがして洪水のようにあふれ出て土嚢のように積まれたオサレな家具やら小物達に殺されるかと思いましたよ。いや、マジで。ああ、ニセンネンの退屈で消費でしか自分のアイデンティティを見出せない迷子の子羊達の格差社会も見据えた27円のコップから15万円のソファーまでが巨大なおもちゃ箱のように詰め込まれたPOPでキュートでシンプルでモダンでキッチュなライフエンターテイメント北欧のツラ(でざいん)した中国インド産の捻じ曲がったエキゾチズム集積巨大展示場迷路会場で子供達が騒ぎ、大人たちが華やぎ、若いカップルが新生活をカートに詰め込んでいき、日本人の生活が少しずつオサレに浸されていくグローバリゼーションのカッティングエッジの週末の終末で僕はゼエゼエと喘ぎ続け、それでも無料でもらえるIKEAの名前がばっちり入ったメジャーとエンピツとカタログはしっかりと握り締めて離さない。




 フト、



 宮沢賢治の「丸善喫煙室少景」という詩を思い出したね。






 ま、印象の紹介は終わって、簡単なIKEAの説明をすればこれまたひどいっていうかよくできた施設で、最初は延々とショールームが続くの。これが迷路みたく勉強部屋やらキッチンやら玄関やらベッドルーム、子供部屋といった部屋がバンバンバンバンオサレーーーに着飾ったユニットのブロックみたく繋がっていて、それをひたすら見て回るの。ここは買い物をするんじゃなくて、とにかく、「このオサレな空間はどうよ?あなたもIKEAの商品で、総額10万円くらいでこんなライフスペースになっちゃうのよ。無料でホームファニッシングのアドバイスも受けれちゃうの。これってヤらない手はないでしょ?」みたいな感じ。

 それが終わるのに30分くらいも歩かされて、ようやくマーケットホールっていう、これまで見た商品の売り場になるんだけど、これまた唖然としちゃうんだよ。もう、置かれてる商品の量がハンパないの。何でもすんげー種類と量。アホか。こんなにいるわけないだろ!!ってくらい。ロウソクだけで普通のコンビニくらいあるんだよ!!誰がこんなにロウソク使うんだ?そして最後に襲い掛かってくるのは商品の馬鹿でかくてバカ高くてなぜかピラミッドの神殿か教会の神秘な回廊か?と思うくらいの倉庫の通路。壁には全部商品が詰まっていて、もう、ね、地震でもあったらどうするんだ?いや、むしろみんな商品に押しつぶされて死ぬべきだ!!そうだ。そのために作ってあるに違いない。

 そこを出るとようやくレジなんだけど、なんとベルトコンベアーなんだよ!!びっくりだよ。欧米じゃ常識らしいよ。いやあ、田舎物丸出しで写真撮っちゃった。あと、歩きつかれてヨレてヘロヘロになったところに「ホットドック100円!!」の巨大な写真が!!これを食えと!!腹が減ってるんだろ?100円だぜ!!と・・・・・・・








 OK.





 ここには全てがあった。北欧万歳!!グローバリゼーション万歳!!27円で買えるコップ万歳!!198円の時計万歳!!日本人が機内食で出てきてお手拭と間違えて顔を拭いてしまったスゥエーデンの伝統パン万歳!!オーロラと白夜万歳!!




 あれ・・・・




 でも、何か足りない気が・・・・・






 そうだ!!北欧名物の過激なポルノとフリーセックスだけが抜け落ちてるじゃないか!!!!なんてこった!!!



 と、いうことで、IKEAさん、過激なポルノとフリーセックスのコーナーもちゃんと作ってください。よろしくー









PS ちなみに僕は3400円の羽毛布団と198円のアルカリ電池を買いました。羽毛布団は2200円から25000円という価格帯。



痴女ボウラー

AVを借りたのですよ。だって男子だもの。みんな日記には書かないけど、男子はみんな借りるの。

レンタル屋のAVコーナーは実に異様な空間だ。無言で今夜の相手を物色する野郎どものエロの共同体。労務者から会社社長まで、AVの前では身分は関係ない。生身の女性相手では、そうはいかない。そこには歴然とした性の格差が存在する。

たまに女子が好奇心や彼氏のお供でそこに入り込むことがある。そのときこの共同体の秩序が乱れる。それが実にスリリングで、ボクはそのような光景に3回ほど遭遇したことがある。

本題

ボクは「痴女ボウラー」なんてチョイスはしていない。しかし、今、ボクの手元にそのAVがある。店員が間違えたのだ。ボクが本当は何を借りようとしていたのかはトップシークレットであるが、痴女+ボウリングというチョイスはありえない。痴女の魅力は否定しない。とゆーか好きだ。しかし、ボウリングにはまったくエロを期待していないのだ。ボウラーとくっつくことで痴女という言葉の魅力が殺されているとも思う。

でも、せっかくなので4倍速の早送りで観てみた。ボウリングのピンのようになる気配はまったくない。完全なガーター作品。

明日、レンタル屋の店員にクレームを言うかどうか迷ってる。「痴女ボウラー」が性的嗜好のストライクだと思われちゃ困る。しかし、AVレンタルで面倒事も粋じゃない。


  • HarpoBucho
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  • By harpobucho / Oct 13, 2006 4:35 am

ダンスフロアの奇跡

”this time is yours”という言葉をTBHの”Annui Dub (Thank You Very Much My Friend)”で教わった。

Joe Claussellの曲”Agora E Seu Tempo”英語ではこう云うらしい。ある時のこと。


この概念を僕は「ダンスフロアの奇跡」とずっと呼んでいた。




これは、器官と感情と思考が連関する一つのハメの形だと思う。非常に中毒性のある体験。非日常の状態。忘れられない大事なもの。

大きい音をずっと聴いていると、無音になる。そんな体験をしたことはないだろうか。それと同じことが光や色や時間にも同時に起った感覚。それでいて世界からの肯定が起こる。分からないだろうか、これこそ言語的転回の体験だ。

まず、何も予兆なく音が突然溶け出す、これはダンスの好きな人間なら割としばしば起こるので驚くことではないだろう。そこからだ、揚がり方は全くスピードを変えずに上昇をひたすら続ける。身体はリラックスするが止まらない。それから色が無彩色へ同時に光が、ミラーボールの定期的な乱反射が、方向を失い虚空が形成される。最後に時間が止まり、それでいて一定のBPMを刻むのを足元は辞められない。そう、止まったまま動き続ける。もしかしたら重力も分散してしまったかもしれない。だけれども、感情は覚めて何故かくっきりとし、未来=革命=奇跡を感じて、全てへの肯定を持って沸き上がってくる。そのまま実存が微かに霧散して生命そのものを理解して、孤独な寂しい宇宙を見つめたまま事態を肯定する。絶対零度の眩い瞬く暗黒の中時間が止まったまま、隣の知らないダンサーと交歓することも止まない。音は鳴っているのか関係無くけれどキックもスネアも腰と膝でしっかり握りしめていた。時間は讃えていた。

やがて、どのくらい経ったか分からないけれども、ある概念は、いつもの若干下心ある祝祭やエゴイズムある歓喜へと下降してその”this time is yours”は終わる。

これを最初に感じたときは、多分そのときは30分くらい、アルコールやニコチンすら摂取していない、ミネラルウォーターだけで3時間踊った後のこと。驚くよりこの瞬間を持ち帰る気持ちでいっぱいいっぱいだった。以来、それ以外の飛びが邪魔でしょうがなかった。
多分93年か94年の札幌、木のフロアがとてもよかったredhotってクラブだった…NYからfrancois kevorkianきて廻したパーティだったと思う。やばいパーティだった…すぐにredhotはクローズしてしまったけれど。


ダンスミュージックが好きな人でこのことを体験していない人は居ないと思うのだけれど(簡単な錠剤とは飛びの方向が違うけれどね)、あまり記述した言葉を知らない。今僕がクラブカルチャーと距離を持っているからの無知だろうか。ほかの人の記述を知りたいものだ。


BOSSのリリックはこれ↓
————————–
プレシャスなホールのフロアのまん中でまだ銀色の月が高かった頃、97年の秋ぐらい
そこで見た事も聴いた事もない音楽と遊ぶアンタをやっと見つけた。
そこでは、驚く事にロウは濁った粘土質の濁流みたいに、針は時々細ーい針金の様で、
汗も、涙も、もう枯れ果てて、心で泣きながらそれでもステップは止まらなかった。
ストロボの中、全員が無言で、意識は無音で、向こうで、むかえる極限。
1億年、1光年、永遠、未経験、痙攣、何も見えねえ、状態でこそ見える、なにも考えずに考える。
爆音中で聞こえる静寂。奇蹟の周波数。
針が歌う、パイプが詰まる、一晩中いそがづ一緒に暮らす。
ジェットコースター。モンスタークッキーが炸裂した夜。
98年の12月、2デイズの二日目。
ディスタイムからの飛びは、何時何時一度のラストまで一度も水平飛行に移らず、上がり続けた。
そしてthis time is yoursそう英語では訳すらしい。
目を瞑らなくても良いくらいの、眩しさの、日向の、ふっと出くわした、重力を感じない不思議な空間で 、両手をだらんと垂らして、上空で繰り広げられる細やかな、温かな、音の粒子がぶつかりあう様を何も言わず、見とれると言うよりは、何も言わず、ただその空間にある。
そんな感じで俺らは立ってた。
何一つ言葉にできない、息一つで崩れてしまいそうな、 幻想的にゆっくりと流れるthis timeを、止めることも、追い抜く事も出来ず、ただ見送ってた。
宇宙の中で此処は何処で、人生の中で此処は何処で、俺達は何処に行くんだろう?
今夜は何処へ繋がるんだろう?今夜は何時の間に始まったんだろう?
今夜は、また明日になれば毎日の空気に溶けていくんだろうな…
爆音の中で聞こえる静寂、奇蹟の周波数。
そんときアンタが上を見ながらボソっと呟いたセリフを今でも覚えてる。
この時がずっと続けば良いのに…

プレシャスのフロアの33時、まだ皿は回り、体の周りに、降りてくる安心、嬉しい、悲しい。
今日まであった色んな事、今日あった色んな事、今夜あった色んな事、今夜あった色んな人、おぉ、全ては、この一曲のためにあったのか。
目を疑う、熱が伝わり、夜が繋がる、ミラーボールと耳の間で今がキラッキラッと泣いた。
一生で最も美しい景色の一つ。
俺はそれまで使っていた言葉を忘れた。
すると暫くして聞こえて来た。
聞こえて来た、そのままを呟いてみる。
この時がずっと続けば良いのにな…
——————————–

これが僕の知っている唯一の他人の”this time is yours”「ダンスフロアの奇跡」の記述。


でね、この体験をもとに僕は構造主義の多くを感覚的に理解できた。というかこれがなかったら言語的転回の多くを粗忽な理解で済ましていた。哲学は形而上の体験と一致する。

「ダンスフロアの奇跡」を神秘体験で済ます杜撰な言葉なら多く知っているけれど、中々同一の感情をトレースするリリックや告白を読んだことが無い。安易なチルもイージーでいいけれど、これを感じていないのなら残念ね。
それとも札幌のPRECIOUSやAL’Sはそんなに特別な場所だったのか。


  • Intellipunk
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  • By intellipunk / Oct 11, 2006 4:09 pm

反スピ反シャブ

覚せい剤撲滅プロパガンダ 小さなおっさん編
これがおっさんじゃなくて、美少女だったら、アキバ系オタクどもは悶絶死するだろうな。動くフィギア。どうやら、小さな人たちはバスルームに住んでるみたいです。

東映編もよろしく。

覚せい剤撲滅プロパガンダ 東映編


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  • By harpobucho / Oct 08, 2006 4:38 am

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